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【カープ】レジェンド・高橋慶彦の現在〜「あの人は今!?」広島編

【カープ】レジェンド・高橋慶彦の現在〜「あの人は今!?」広島編

【カープ】レジェンド・高橋慶彦の現在〜「あの人は今!?」広島編

 

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【カープ】レジェンド・高橋慶彦の現在〜「あの人は今!?」広島編

【カープ】レジェンド・高橋慶彦の現在〜「あの人は今!?」広島編広島OBのレジェンド・高橋慶彦氏 画像出典:sportiva.shueisha.co.jp

プロ入り前

1957年北海道芦別市にあった旧三井鉱山の炭坑街で生まれた。父・慶喜は宮城県鳴子町出身で、実業団のクロスカントリースキー選手であった。現役時代は全日本スキー選手権大会で入賞歴もある。慶喜の芝浦工業大学スキー部監督就任に伴い、4歳の時に、東京都清瀬市に移り住んだ。

1974年城西大学附属城西高等学校のエース・4番として、3年時の第56回全国高等学校野球選手権大会に東東京代表として出場した。この際に披露した走塁が、広島東洋カープのスカウト・木庭教の目に留まることとなった。同年のプロ野球ドラフト会議で広島から3位指名を受け、入団。

プロ入り後

入団後間もなく打者に転向、監督の古葉竹識の指令でスイッチヒッターとなるべく打撃コーチの山本一義と共に猛特訓を開始。決して恵まれた体格ではなかったが、並外れた練習量とウエイトトレーニングで実力をつけ、1978年からレギュラーに定着した。

1970年代後半から1980年代の赤ヘル黄金時代に、1番打者として活躍した。ルーツの後を継いだ古葉竹識の下、「赤ヘル機動力野球の申し子」として3度の盗塁王を獲得。1979年には33試合連続安打の日本記録を打ち立てると、同年の日本シリーズでは全7試合で安打し、打率.444を記録、MVPに輝いた。全盛期は福本豊の後継者とまで謳われ、その打撃・走塁スタイルは、山崎隆造正田耕三ら後の広島を支えることになる後輩達にも強い影響を与えた。

2019年現在 

2019年より、元中日ドラゴンズ大石友好と共に母校である城西大学附属城西高等学校のコーチに就任

出典:高橋慶彦Wikipedia

『高橋 慶彦』プロフィール

氏名 高橋 慶彦(たかはし よしひこ)
国籍 日本
出身地 北海道芦別市
生年月日 1957年3月13日(62歳)
身長・体重 176cm・79kg
投球・打席 右投両打
ポジション 遊撃手・外野手
プロ入り 1974年ドラフト3位
初出場 1976年4月7日
最終出場 1992年5月19日
経歴(選手時代) 城西大学附属城西高等学校 – 広島東洋カープ(1975〜1989) – ロッテオリオンズ(1990) – 阪神タイガース(1991〜1992)
経歴(監督・コーチ) 福岡ダイエーホークス(1995〜1997) – 千葉ロッテマリーンズ(2004〜2012) – オリックス・バファローズ(2016) – 城西大学附属城西高等学校(2019〜)

※出典:高橋慶彦Wikipedia

『高橋 慶彦』主な打撃成績・記録

年度 所属球団 打率 安打 二塁打 三塁打 本塁打 打点 盗塁 出塁率
1976 広島 .000 0 0 0 0 0 0
1977 広島 .292 38 6 2 0 6 14
1978 広島 .302 129 19 10 7 47 15
1979 広島 .304 149 22 7 5 33 55
1980 広島 .307 169 24 11 5 33 38
1981 広島 .289 133 23 4 5 31 14
1982 広島 .269 147 20 5 6 27 43
1983 広島 .305 142 23 3 24 58 70
1984 広島 .303 150 23 4 23 71 30
1985 広島 .276 147 10 2 24 68 73 .343
1986 広島 .284 157 33 2 21 55 39 .314
1987 広島 .281 130 21 2 11 53 28 .338
1988 広島 .238 119 24 3 11 43 32 .285
1989 広島 .267 131 21 0 12 47 13 .321
1990 ロッテ .207 54 6 2 9 28 7 .269
1991 阪神 .206 26 4 0 0 2 6 .265
1992 阪神 .217 5 1 0 0 2 0 .296
通算 .280 1826 280 57 163 604 477

出典:NPB

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